大竹功一のプロフィール


●1963年10月福島県白河市年貢町生まれ 51歳(2015年3月現在)

   桐タンスと家具建具の「大竹タンス店」の長男(姉一人)

   震災翌年他界した母は、白河市五箇地区の農家の出身です。

●家族:妻・愛犬・愛猫・保護犬猫

   妻は、白河市新蔵町生まれ

   写真は、認知症の愛犬と愛猫 2匹とも捨て犬猫でした。

●趣味:料理・アウトドア・家庭菜園・不幸な動物を幸せにすること

●座右の銘 ボーイスカウト初代総長後藤新平氏の言葉

  「人の世話にならぬよう 人の世話をするよう そして報いを求めぬよう」

  社会貢献・ボランティアは、報いを求めずに、「させていただく」という気持ちが 

  大切だとボーイスカウト活動から学ばせていただきました。

 

学歴 

●白河幼稚園卒園

●白河市立第三小学校卒業

●白河市立中央中学校卒業 部活は野球部(3年間補欠)

●福島県立白河高校卒業理数科 部活は化学部

●日本大学法学部第二法律学科卒業(夜間)

 

職歴

●大蔵省(現財務省)関東財務局入省

●母親の介護のため退職、帰省

●大竹タンス店入店

●白河市議会議員4期目(現在は、専業で議員活動を行う)

 

他所属団体等

●白河地区防犯パトロール白河分隊長

●NPO法人白河花里倶楽部事務局

●政治団体白河1ミリの会代表

●動物愛護地方議員の会所属

 ※議員になってから、ボーイスカウト活動とは離れております(政治と青少年教育を一緒にしたくないという信念に基づき)。

 ※現在所属の団体は、長年行ってきたボランティア及び原発事故後に始めたものです。基本的に、議員は議員活動に集中するべきだと考えております。

★新聞少年だった大竹功一

 小学生時代、桐タンス業は厳しく、とても貧しい子ども時代でした。母親の苦労をする姿を見て、子ども心に助けたいと思い、小学6年生から新聞配達を始めました。新聞配達をしてからは、親から小遣いを貰ったことはありません。部活に必要な道具も、全部自分で働いたお金で買いました。

★いじめられっこ時代

 子ども時代、背は低く、ハンサムとは誰も言ってくれず(現在も)、容姿に自信がないばかりか、貧しかったので母が繕った洋服を着ていました。そんなこともあり、子ども時代はイジメのターゲットになりました。今思い出しても悔しい事があります。忘れることのできない悔しい体験をたくさんしました。その悔しさは、勉強に向けました。何か一つ、いじめっ子よりも勝てることがあれば、「自信」が持てます。それを体験しました。

★ボーイスカウトは心の故郷

 ボーイスカウトの制服に憧れ入隊しました。当時は、お金持ちの子どもが入るものという誤解もありましたが、実際は私のような貧乏家庭の子どももいました。このボーイスカウト活動が、私に「自信」を与えてくれました。中でも、高校生の時にヨーロッパに行った経験は貴重でした。貧乏な新聞少年は、新聞配達で稼いだお金を貯めて、苦労ばかりだった母と姉に、ブランドのバッグを買いました。何より、他国のボーイスカウトと交流できたことは、私にとって大きな体験となり、勇気と自信を与えてくれました。ボーイスカウトは、私の心の故郷です。

★苦学時代

 とにかく貧乏でしたので、勉強は好きでも大学進学は絶望的でした。そんな時、白河高校の担任の先生から、働きながら学ぶ方法があることを教えられました。これなら大学へ行ける!今でも、当時の先生に感謝しています。高校時代も毎朝新聞配達をし、お金を貯め、全額自費で日本大学に入学しました。同時に、国家公務員試験に合格し、大蔵省に入省しました。そして、大蔵省で働きながら、全額自分で学費を支払い、日本大学を卒業しました。若い時の記憶は、働いたことと必死で勉強をしたことしかありません。苦学したからこそ、勉強に力が入ったのだと思います。ちなみに、自民党参議院議員の片山さつき氏は大蔵省の同期ですが、片山氏は東大卒のキャリア組、私は高卒のノンキャリですので、お話したことはありません。

★母の介護のために帰省

 子ども時代、経済的に苦労の多い母親を助けたいと新聞配達を始めました。いつか母に恩返しをしたいと思っていましたが、52歳で脳梗塞で倒れ、その後高度障害者となってしまいました。施設ではなく、在宅介護を望んだ父も病気で倒れました。母の介護をしたいと願う父を助けるために、せっかく入った大蔵省でしたが、潔く辞めて帰省しました。在宅介護をするために、家業の大竹タンス店で家具職人の修行を始めました。職人であれば、介護と仕事を両立することができます。その後、市議会議員に当選し、今に至ります。最愛の母は、震災の翌年2012年8月に他界しました。約26年間の介護生活でしたが、亡くなる直前までは、床ずれをすることもなく、在宅介護を続けることができました。これは、市民の皆様のお陰だと感謝しております。

★貧困経験・介護経験を活かした活動

 介護の苦労は、体験した者にしかわかりません。だからこそ在宅介護を望む方々の気持ちを理解する者の一人として、皆様のお役に立ちたいとと考えています。また、小学生時代から新聞配達をした者として、弱者の気持ちを理解した活動をしたいと考えております。人生の体験に無駄はありません。若い時、苦労をしたからこそ、弱い立場の方々のお気持ちを理解することができると思っております。